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山口地方裁判所岩国支部 平成7年(ワ)41号 判決

原告 A野花子

他3名

原告ら訴訟代理人弁護士 小笠豊

被告 重冨克美

他1名

被告ら訴訟代理人弁護士 弘田公

同 吉元徹也

被告ら訴訟復代理人弁護士 根石博文

主文

一  被告重冨克美は、原告A野花子に対し、金二〇八八万二五六〇円及びこれに対する平成六年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員、その余の原告らに対し、それぞれ、金六六二万七五二〇円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告重冨克美に対するその余の請求及び被告医療法人光輝会に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用を二分し、その一と被告医療法人光輝会に生じた費用を原告らの負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告重冨克美に生じた費用を同被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告A野花子に対し、二三六〇万円及びこれに対する平成六年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し、それぞれ、七八〇万円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、A野太郎が、その診療を担当した医師らの誤診や適切な治療処置を怠った過失により重症急性膵炎等で死亡したとして、その相続人である被告らが右医師らの使用者である被告らに対し、医療契約上の債務不履行又は民法七一五条一項の使用者責任により、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1(一)  原告A野花子(以下「原告花子」という。)は、A野太郎(昭和五年四月二〇日生)(以下「太郎」という。)の妻であり、その余の原告らは、いずれも太郎の子である。

(二) 被告重冨克美(以下「被告重冨」という。)は、平生クリニックセンター(以下「平生クリニック」という。)において、被告医療法人光輝会(以下「被告光輝会」という。)は、光輝病院において、それぞれ医療業務を営むものである。

2  太郎は、平成六年七月一七日午前九時五〇分ころ、平生クリニックへ救急車で搬送され、被告重冨に雇用され、平生クリニックで医療業務に従事していた森淳医師(以下「森医師」という。)の診察を受けた。

3  太郎は、森医師の指示により平生クリニックに入院し、抗生物質や肝庇護薬等の投与を受けたものの、症状が改善せず、痛みが増すばかりであった。

そこで、森医師は、同日午後三時三〇分ころ、被告光輝会に雇用され光輝病院で医療業務に従事していた山下博士医師(以下「山下医師」という。)に応援を求め、緊急経皮経肝胆嚢ドレナージ(PTGBD)(以下「PTGBD」という。)の施術をすることとした。

4  右要請を受け、山下医師は、平生クリニックに赴き、同日午後四時ころ、太郎を診察し、同日午後四時三〇分ころ、PTGBDを施術し、胆汁を吸引し、造影剤を注入したところ、胆管に胆石があるのを確認した。

5  太郎は、右処置施行終了後、ショック状態に陥ったが、救急処置により、同日午後五時三〇分ころ、いったんはショック状態を脱したものの、再び、ショック状態に陥り、同日午後一一時ころ、意識不明のまま光輝病院に救急車で転送された。

6  太郎は、光輝病院において、気管内挿管による酸素投与、輸液等の医療的処置を受けたが、翌一八日午後四時一〇分ころ、多量の下血をし、その後心停止に至り、同日午後六時三〇分、死亡した。

二  争点

1  太郎の死因は何か。

2  森医師に、胆石を見落として胆石の嵌頓による重症急性膵炎を急性胆嚢炎と誤診し、その後、重症急性膵炎に対する適切な治療を行わなかった過失があるか。

3  森医師に、太郎を速やかに光輝病院へ転送する義務を怠った過失があるか。

4  山下医師に、重症急性膵炎に対する適切な治療を行わなかった過失があるか。

5  右各過失と太郎の死亡との相当因果関係の存否。

6  損害。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告らの主張

太郎の死因は、総胆管結石の嵌頓による重症急性膵炎である。急性閉塞性胆管炎、急性胆嚢炎とそれらに起因する敗血症性ショックなどもこれに関与したと考えられるが、本態は胆石の嵌頓による重症急性膵炎が死因である。

(二) 被告らの主張

総胆管結石による胆汁のうっ滞に、経門脈的に、あるいは十二指腸乳頭部より上行性に、腸内細菌が胆道に到達して、繁殖し、胆道感染症を惹起させ、まず急性胆嚢炎を発症させた。さらに、胆嚢内で繁殖した細菌は、総胆管へも流入して急性胆管炎を発症、増悪させ、急性閉塞性化膿性胆管炎を発症させ、膵管へ流入した細菌が急性膵炎を発症させた。また、胆汁内の細菌やエンドトキシンは、血中へ流入して、エンドトキシン血症、敗血症を発症させ、ショック症状を惹起させた。右のような経過をたどって、太郎が死亡するに至ったと考えられる。

2  争点2について

(一) 原告らの主張

森医師は、平生クリニック入院時の所見で、総胆管が拡張しているのを確認し、癌などの腫瘍を認めなかったのであるから、胆石の嵌頓による総胆管の拡張を疑い、これに気づくべきであった。

また、森医師は、①腹部超音波検査の結果、膵に軽度腫脹があることを、②触診によって、上腹部の圧痛、ブルンベルグ症状、デファンス(筋抵抗)を、③腹部X線写真の結果、腸閉塞や十二指腸潰瘍、胃潰瘍などの穿孔性腹膜炎の所見のないことを、④血液検査によって、ビリルビンが軽度上昇し、GOT、GPT、LDHも高く肝機能障害があり、白血球も高く、アミラーゼ値も上昇し、クレアニチンが高く、カルシウムは極度に低く、グルコースも高く、ヘマトクリットも高く血液が濃縮していることをそれぞれ確認していたのであるから、急性膵炎はもちろん、重症急性膵炎と診断すべきであった。

そして、森医師は、右の診断をした上で、十分な量の輸液をして血液の濃縮を防ぎ、膵酵素阻害剤を持続的動注療法や腹腔内投与法によって大量に投与し膵組織濃度を高める治療をすべきであった。

ところが、森医師は、胆石の嵌頓による急性膵炎ではなく急性胆嚢炎と誤診し、少量の輸液しかせず、膵酵素阻害剤の持続的動注療法、腹腔内投与法による大量投与をせず、膵組織濃度を高めることに努めなかったのであって、この点で過失があった。

しかも、急性膵炎に対してはPTGBDをする必要がなかったのに、これを施行しただけでなく、この施術の際、多量の造影剤を注入し、その結果、胆嚢の内圧を高めたため、胆汁が逆流して急性膵炎を増悪させたのであって、この点でも不適切な治療をしたといえる。

(二) 被告らの主張

森医師が、受診時の当初の症状からはもちろん、その後に実施したX線検査や血液検査等の結果からも、胆石の嵌頓を疑い又は発見することは不可能であった。胆石の嵌頓の確定診断をし得た時期はPTGBDを終了した時点以降であり、それ以降は胆石の嵌頓による急性膵炎を疑い、これに沿った治療をすべきであったといえるが、それ以前にこれを疑い、その診断に沿った治療をしなかったとしても、何らの過失はない。

3  争点3について

(一) 原告らの主張

重症膵炎には全身的な集中管理と治療が必要であるところ、平生クリニックでは重症膵炎に必要な諸検査、呼吸器管理などを実施することができなかったから、ICUのある病院に早急に転送すべきであった。そして、森医師は、太郎死亡日の前日である一七日午後四時三〇分、PTGBDの結果から、総胆管結石嵌頓と診断したのであるから、遅くとも、この時点で直ちにICUのある光輝病院に転送すべきであった。ところが、森医師は同日午後一〇時三〇分まで右転送をしなかったのであり、この点で過失がある。

(二) 被告らの主張

PTGBD実施後、光輝病院へ転送するまでの間の観察や治療に不適切な点はなく、呼吸管理が平生クリニックでは困難との判断から転送が決定されたものであり、転送した時期が不適切であったともいえない。

4  争点4について

(一) 原告らの主張

山下医師は、太郎が光輝病院に転送された後も、急性膵炎であるとの診断に至らず、そのため、十分な量の輸液や膵酵素阻害剤の投与をしなかった上、抗生物質もペントシリンとは別の抗生物質を強力に併用投与すべきであったのに、これをしなかったのであって、これらの点で過失がある。特に、膵酵素阻害剤の投与については、持続的動注療法及び腹腔内投与法が極めて有効であり、これは、本件診療当時においても、臨床医が一般的に認知していた医学的知見であったから、この処置をとらなかった点で過失がある。

(二) 被告らの主張

争う。

5  争点5について

(一) 原告らの主張

森医師や山下医師の前記過失と太郎の死亡の結果との間に相当因果関係があるのは明らかである。

(二) 被告らの主張

森医師が、太郎の診察当初、総胆管結石嵌頓の診断に至ることは不可能であったのであり、これが可能であったとしても、その救命の確率さえ推定することはできないのである。太郎は病状悪化が非常に激しかったために死亡したものであり、森医師や山下医師が太郎にした医療行為と太郎の死亡との間に因果関係のないことは明らかである。

6  争点6について

(一) 原告らの主張

(1) 逸失利益 一八〇〇万円

太郎は、死亡当時六四歳だったので、六四歳男子の平均年収を四四〇万円とし、就労可能年数を九年、そのホフマン係数を七・二七八、生活費控除を三割として算定する。

(2) 慰謝料 二三〇〇万円

太郎は、一家の支柱であり、その死亡の結果に対する慰謝料としては右の金額が相当である。

(3) 墳墓・葬祭費 一〇〇万円

これらは原告花子が支出した。

(4) 弁護士費用 五〇〇万円

(二) 被告らの主張

知らない。

第三判断

一  まず、診療の経過についてみるに、前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  平生クリニックでの診療経過等

(一) 太郎は、平成六年七月一七日午前六時ころ、突然腹痛を覚え、同日午前九時ころ、政井医院で診察を受けた。

右診察に当たった前濱修爾医師は、超音波検査の結果等から、胆石症を疑い、鎮痛剤ブスコバン一アンプルの筋肉注射を施すとともに、外科医の受診を指示した。そこで、太郎は、右医師作成の紹介状を持って、同日午前九時四五分ころ、平生クリニックに救急車で搬送された。

右紹介状には、「病名として急性腹症(疑胆石症)、所見として胆砂様所見及び軽度の胆嚢腫大がある。」旨の記載があった。

(二) 太郎は、同日午前九時五〇分ころ、平生クリニックの処置室において、前日から当直医として平生クリニックの診療を担当していた森医師の診察を受けた。

(三) 森医師は、平成三年三月、岡山大学医学部を卒業し、同年五月二七日、医師免許を取得し、同年八月から約二年間、高知県立中央病院で外科の臨床医として勤務し、平成五年八月から、同医学部第一外科教室に帰局し、前記太郎の診察当時は、同教室に所属していた医師であるが、平成六年七月一六日(土曜日)午後一時三〇分から翌一七日午後五時までの間、当直医として、平生クリニックの診療に当たっていた者である。

(四) 森医師は、太郎の腹部を触診し、右季肋部に圧痛があり、筋抵抗及びはっきりとはしないがブルンベルグ症状(手で押した後、手を離すと痛みを示すもの)があるのを認めた。次に聴診し、腸音が減弱しているが、心雑音や肺のラッセル音のないことを確認した。

そこで、森医師は、看護婦をして、右前腕に静脈内留置針を挿入させ、採血させると共に、点滴をつないでラクテック(輸液)五〇〇ミリリットルを投与させた。これ以降、輸液は、一時間当たり一〇〇ミリリットル投与することとした。また、胸部及び腹部のX線検査を行ったが、写真上胸腹部に異常な所見を認めなかった。

森医師は、右診察の際、太郎からの申述により、太郎が胃全摘術及び虫垂全摘術を受けたことがあり、その後しばらくして急性肝炎に罹患したことがあることを知った。

(五) 森医師は、同日午前一〇時三〇分ころ、腹部超音波検査を実施し、その結果、肝内胆管の拡張や胆嚢内の結石は認めなかったが、胆嚢の腫脹及び胆嚢壁の肥厚を認め、また、総胆管の直径は一三ミリメートルと少し拡張していること(正常値は一〇ないし一一ミリメートル未満)、膵臓もやや腫脹していることを認めた。

そのころ、疼痛の訴えが続いていたので、鎮痛と沈静の目的でペンタジン(鎮痛剤)一五ミリグラムとアタラックス(精神安定剤)P二五ミリグラムを投与した。

(六) 森医師は、同日午前一〇時五〇分ころ、血液検査の結果(その詳細は下記(一)及び(二)のとおりである。)を検討し、太郎には、軽度の黄疸があり、肝機能障害があること、白血球が著しく増加していることを認めた。しかし、発熱はなかった。

(1) 同日午前一〇時一〇分に採血した血液ついては、次のとおりであった。

血清ビリルビン三・四(正常値〇・二ないし一・二)

GOT一五七(正常値〇ないし四一)

GPT九三(正常値二ないし四〇)

LDH七六二(正常値六〇ないし二二五)

CK(細胞が壊れた際発生する酵素の一種)三〇三(正常値七ないし一二〇)

白血球数一八二〇〇(正常値四五〇〇ないし九〇〇〇)

クレアチニン五・七(正常値一・〇ないし一・九)

カルシウム六・八(正常値八・六ないし一二・〇)

グルコース四一七(正常値七〇ないし一一〇)

アミラーゼ五一八(正常値四〇ないし一四〇)

ヘマトクリット五二・二%(男性の正常値三七ないし五二%)

(2) 同日午前一〇時四〇分に採血した血液については、次のとおりであった。

血清ビリルビン一・六

GOT二〇二

GPT一八七

LDH四三一

CK三八九

白血球数一九六〇〇

クレアチニン一・七

カルシウム六・三

グルコース四一五

アミラーゼ八二〇

ヘマトクリット四九・四%

(七) 森医師は、前記各検査結果から急性腹症及び急性胆嚢炎と診断し、太郎の入院を指示し、この指示に従い、太郎は、同日午前一一時ころ、平生クリニックに入院した。

この時の太郎の血圧は一三八(八〇)、体温は三六・三度であった。

また、森医師は、このころ、看護婦をして、ネオミノファーゲンシー(肝細胞障害抑制剤)二〇ミリリットル及びミラクリッド(膵酵素阻害剤)五万単位を二〇ミリリットルの生理食塩水に溶かしたものを側注により投与させ、さらに、ペントシリン(抗生物質)二グラム+生食一〇〇ミリリットルを側管から点滴して、投与させた。さらに、看護婦に対し、朝、夕各一回右ミラクリッドの投与を指示した。

さらに、森医師は、同日午前一一時三〇分ころ、血糖値が四六七との報告を受けたので、ペンフィル三〇R(インスリン)一六単位を投与した。

(八) 森医師は、同日午後一時三〇分ころ、腹痛が治まらず冷や汗が出て喉が渇くと訴えていることを聞き、再度ペンタジン一五ミリグラムとアタラックスP一アンプルを、筋肉注射で投与し、さらに、同日午後一時五〇分ころ、太郎を診察したところ、息苦しい様子であったので、酸素を毎分三ミリリットル吸入させ、ブスコパン(鎮痙剤)一ミリリットルを点滴内に追加して、投与した。

(九) 森医師は、同日午後三時二〇分ころ、腹部X線検査を実施し、胆嚢が初診時に比べやや腫脹したのを認めた。

また、同時刻ころ実施の血液検査の結果によると、ヘモグロビン一八・八、ヘマトクリット五六・七%であった。

しかし、血圧が八六(四三)と低下しており、全身状態が悪化していたことから、森医師は、胆嚢炎が進行して胆管炎が併発している可能性もあると考え、緊急ドレナージ(排液)を施して炎症を和らげようとして、同日午後三時三〇分ころ、光輝病院にいた山下医師に、応援を頼んだところ、山下医師から、「PTGBDを考えましょう。」との返事を受け、来院の承諾を得た。

(一〇) 山下医師は、同日午後四時一五分ころ、PTGBDの道具を持参して、平生クリニックに来院し、太郎を診察し、エコーのプローベを当てて胆嚢部を検査したところ、結石や肝内胆管の拡張は認めなかったが、胆嚢が腫大し、総胆管が軽度拡張しているのを認め、PTGBDを施行することとした。

そして、同日午後四時三〇分ころ、山下医師がレントゲン室においてPTGBDを施行した。すなわち、エコー下で胆嚢穿刺部を定め、その部位を一%キシロカイン一〇ミリリットルで局所麻酔をし、約二ミリメートルの皮膚切開を加えた後、エコーガイド下で穿刺針を胆嚢内に刺入し、内筒を抜いて注射器で胆汁が吸引できることを確認してガイドワイヤーを挿入し、X線透視下でガイドワイヤーが胆嚢内にあることを確認した後、穿刺針の外筒を抜去した。次に、拡張用カテーテルをガイドワイヤーに沿って刺入し、刺入孔を拡張した後、拡張用カテーテルを抜去した。そして、胆嚢内留置カテーテルをガイドワイヤーに沿って挿入し、再びX線透視下で留置カテーテルが胆嚢内にあるのを確認した後ガイドワイヤーを抜去した。胆汁を吸引したところ、黒褐色で悪臭を伴っていたが、採取した胆汁の一般細菌検査は陰性であった。

また、山下医師は、六〇%ウログラフィン二アンプルと生理食塩水二〇ミリリットル二アンプルを混ぜた造影剤八〇ミリリットルを留置カテーテルから注入し胆嚢を造影してX線写真を撮ったが、胆嚢内に結石は認めなかった。しかし、エコー上総胆管が一八ミリメートルと拡張し、血清ビリルビン値が一・六ミリグラム(一デシリットルにつき)と軽度ながら上昇していることから、総胆管結石を疑い、さらに造影剤を追加したところ、総胆管下部に結石が描出され、総胆管結石嵌頓と診断した。この際胆嚢外に造影剤の漏れが生じた。なお、この際ペンタジン一五ミリグラムを側注した。

(一一) 山下医師は、PTGBDを施行した後、X線写真を見ながら原告らに対し、胆石が胆管に詰まって胆汁が逆流していること、そのために腎臓、肝臓及び脾臓が悪くなっていること、そのショックで心不全を起こしていること等を説明していたところ、太郎は、同日午後五時二〇分ころ、急に顔色不良となり、意識喪失、呼吸停止となったので、気管内挿管をして人工呼吸を開始すると同時に、メイロン(アシドーシス改善剤)二五〇ミリリットル、エホチール(昇圧剤)一アンプル、ソルコーテフ(抗ショック剤)五〇〇ミリグラム二アンプルを投与した。

同日午後五時三〇分ころには、大郎の容態も落ち着き、自ら気管内チューブも抜去した。そして、山下医師は、同日午後六時、ペンタジン一五ミリグラムを投与し、同時刻ころから、毎分酸素七リットルを吸入させるとともに、〇・三%カコージンD(強心昇圧剤)を一時間に三ミリリットル投与し、同日午後六時三〇分ころ、ペントシリン二グラム+生食一〇〇ミリリットルを投与した。

(一二) 山下医師は、同日午後九時過ぎころ、光輝病院での手術中、平生クリニックの看護婦から「A野さん(太郎のこと)が、胸が苦しくお腹が痛いと言っています。」との電話を受けた。この時太郎の血圧は一四六、脈拍一四八(九〇)、体温三七・三度とのことだったので、血液ガスを測定し、平生クリニックの当直医に相談するよう指示した。

平生クリニックに副所長として常勤していた吉田宏医師(以下「吉田医師」という。)は、同日午後九時一五分ころ、看護婦から電話を受け、太郎の病室に駆けつけたところ、呼吸は努力型で、右大腿動脈から採血しても痛みを訴えず、呼びかけても開眼せず、右橈骨動脈が触知困難であった。なお、同日午後九時一八分実施の血液検査では、ヘマトクリット六〇%であった。吉田医師は、〇・三%カコージンDを毎時五ミリリットルに増量して投与し、カルテを見て既往歴に糖尿病の記載があったこと等から糖尿病昏睡も疑い、血糖値を測定したところ、四五〇ミリグラム(一デシリットルにつき)であった。

(一三) 吉田医師は、光輝病院の勤務医である岡本康医師(以下「岡本医師」という。)に太郎の診療について相談し、岡本医師は、同日午後九時四〇分ころ、太郎を診察した。その時、太郎は、ショック状態で、努力呼吸し、橈骨動脈も触れ難い状態であった。そこで、岡本医師は、ボスミン一アンプル筋注、点滴内にソルコーテフ一〇〇〇ミリグラムを投与した。また血液ガスの検査結果では、PH七・〇三八と強酸性だったので、メイロン三〇ミリリットルを静注で、血糖値が四五〇ミリグラム(一デシリットルにつき)だったのでペンフィル三〇Rを八単位を筋注で投与した。

しかし、症状の改善がみられなかったので、岡本医師は、投与中の〇・三%カコージンDを毎時一〇ミリリットルに増量し、プロタノール一アンプルを静注で投与した。

吉田医師は、同日午後九時五〇分ころ、光輝病院で手術中の山下医師に電話をし、太郎がショック状態で呼吸不全症状を呈していることを伝え、光輝病院へ転送することを提案し、その同意を得た。

太郎の呼吸困難がさらに増悪したので、岡本医師は、気管内挿管により気道を確保し、アンビューバッグに酸素をつなぎ補助呼吸の措置を講じ、同日午後一〇時三〇分ころ、太郎を救急車に乗せて右補助呼吸を続けながら光輝病院へ向かった。

2  光輝病院における診療経過

(一) 太郎は、同日午後一〇時四〇分ころ、光輝病院に到着し、同病院東病棟二階の回復室に搬入された。

山下医師は、岡本医師から引き継ぎ、気管内チューブをベネット七二〇〇に接続し、一回換気量〇・四〇リットル、酸素濃度一〇〇%、呼吸回数毎分二〇回、加圧一〇センチメートルH2O、終末呼気陽圧五センチメートルで同時性間歇的強制換気法で、呼吸維持の措置を講じた。この時、太郎は、体温三七・四度、血圧七五(一五)、脈拍毎分一二〇で呼びかけには頷いていた。また、四肢末端にチアノージスがみられ、血液ガス検査では、PH七・一八四、PCO2三五・九、PO2二二八・七、ABE一四・三MM、SAT九九・四%の数値であり、代謝性アシドーシス、呼吸不全状態を示していた。

その後も最高血圧八〇ないし一〇〇台、脈拍数一五〇ないし一六〇と頻脈で乏尿もあり、敗血症性ショックと診断し、カコージン、ドブトレックス(急性循環不全における心収縮力増強剤)、ミラクリッドで対処することにした。

(二) 緊急検査の結果、総蛋白三・四グラムと著減し、BUN三一ミリグラム、クレアチニン五・五ミリグラム(以上、いずれも一デシリットルにつき)と腎不全状態であった。GOT四四六U、GPT二九二U、CK一四四五U以上と肝不全状態でもあり、また、アミラーゼが一五一〇Uと高値であった。

そこで、山下医師は、総胆管結石による随伴性の急性膵炎を考え、フサン(膵酵素阻害剤)、シチコリン(膵酵素阻害剤の補助剤で、膵組織の保護、修復の薬効がある。)で対処することにし、血糖値も高値だったので、ヒューマリンR生食混合液(インスリン含有剤)で対処することにした。

(三) 山下医師は、同日午後一一時ころ、右前腕部からの点滴ポタコールR五〇〇ミリリットルが終了したので、看護婦に、生食五〇〇ミリリットルを続けて投与させ、さらに、ドブトレックスを毎時三ミリリットル、ヒューマリンR+生食混合液を毎時一ミリリットル、フサンブドウ糖混合液を毎時一ミリリットルを、それぞれ投与させた。

同日午後一一時二〇分ころ、〇・三%カコージンDの注入を毎時二ミリリットルから毎時三ミリリットルに増量し、右前腕部の点滴生食五〇〇ミリリットルの中に、ミラクリッド一〇万単位を混入させた。

同日午後一一時三〇分ころ、血圧一〇六(三八)、脈拍毎分一四六、体温三七・九度であった。

同日午後一一時三五分ころ、血液ガス検査の結果、PH七・一八四、ABE一四・三と著しい代謝性アシドーシスを認めたので、メイロン二五〇ミリリットル全開で点滴投与した。

(四) 翌一八日午前零時一五分ころ、左足関節部の点滴ポタコールR五〇〇ミリリットルが終了したので、山下医師は、看護婦に指示して、生食五〇〇ミリリットルとミラクリッド一〇万単位を連結、投与させるとともに、将来IVH(中心静脈栄養)が必要と考え、右鼠蹊部よりIVH用のアーガイル・メディカットカテーテルキット一四G七〇センチメートルを挿入した。

同日午前零時二〇分ころ、人工呼吸器の酸素濃度を九〇%に減じた。

(五) 同日午前一時から二時までの診療は次のとおりであった。(この項から(一一)までに認定の診療は、いずれも山下医師によるものである。)

同日午前一時ころ、低蛋白血症に対し、二〇%アルブミン(血漿膠質浸透圧の維持、ショックの治療剤)二〇ミリリットルを三アンプル注入し、プラスマネート・カッター(薬効はアルブミンと同様)二五〇ミリリットル二本を点滴した。また、血糖高値であったのでヒューマリンRを毎時二ミリリットルに増量させた。さらに、血圧も六八(二五)と低下したため、〇・三%カコージンDを毎時五ミリリットル、ドブトレックスを毎時五ミリリットルと増量、投与させた。

同日午前一時二五分ころ、ペントシリン二グラム+生食TN一〇〇ミリリットルを看護婦に指示して静注した。

同日午前一時三〇分ころ、血圧八五に上昇した。

(六) 同日午前二時から三時まで

同日午前二時ころ、尿量が二一ミリリットルと著減していたため、フロセミド(利尿剤)一アンプルを投与した。

同日午前二時一〇分ころ、フロセミド一アンプルを側管注すると共に、二か所の点滴内にシチコリン五〇〇ミリグラム一アンプルを投与した。

同日午前二時二〇分ころ、ソルダクトン(利尿剤)+生食二〇ミリリットルを静注させた。

同日午前二時四五分ころ、血糖値五六三ミリグラム(一デシリットルにつき)と高かったので、ヒューマリンRを毎時三ミリリットルとして投与した。

また、血液ガス検査の結果は、PH七・三一四、ABE六・一MMと改善され、PO2も二六五・五だったので、二時五〇分ころに人工呼吸器の酸素濃度を八〇%と減じた。

(七) 同日午前三時から午前六時まで

太郎は、同日午前三時ころ、血圧八八(四五)、脈拍毎分一五六、体温三九・三度であった。

同日午前四時ころ、看護婦から血圧六五(四〇)、脈拍毎分一五〇との報告を受け、〇・三%カコージンD及びドブトレックスをいずれも毎時六ミリリットルに増量、投与した。

同日午前五時ころ、看護婦から血糖値三五四(一デシリットルにつき)との報告を受け、ヒューマリンR+生食混合液を毎時三ミリリットルから毎時四ミリリットルに増量、投与した。

(八) 同日午前六時から午前九時まで

同日午前六時ころ、看護婦から、血圧七五(四八)、脈拍毎分一五〇との報告を受け、〇・三%カコージンD及びドブトレックス各毎時六ミリリットルを、いずれも毎時七ミリリットルに増量して、投与した。

同日午前七時ころ、看護婦から、血圧六八(三八)、脈拍毎分一四八との報告をうけ、カコージン及びドブトレックス各毎時七ミリリットルを、いずれも毎時八ミリリットルに増量して、投与した。

同日午前八時ころ、血圧八〇(四〇)、脈拍毎分一四八で、呼吸反応はあった。フロミセドを投与したにもかかわらず、無尿状態は改善されていなかった。

同日午前八時五〇分ころ、血液ガス検査をすると、PH七・三九二、PCO2四二・一、PO2九三・一、ABEは〇・六MM、SAT九六・三%とPO2の上昇は乏しいものの代謝性アシドーシスは改善されていた。

(九) 同日午前九時から午前一〇時まで

同日午前九時ころ、血糖値が四二(一デシリットルにつき)と低下したので、五〇%ブドウ糖二〇ミリリットル二アンプルを静注で投与し、ヒューマリンR毎時四ミリリットルを毎時三ミリリットルに減量、投与した。また、血圧が六三(三四)と低下したので、ドブトレックス毎時八ミリリットルを毎時一〇ミリリットルに増量し、カコージン毎時八ミリリットルを五ミリリットルに減量して、投与した。

同日午前九時四五分ころ、胸部X線検査を実施し、写真上右肺野全体にスリガラス様陰影を認め、左肺に胸水が貯留しているものと診断した。生化学検査の結果、総蛋白は五・二グラム(一デシリットルにつき)と低く、GOT七七五五、GPT一七四九、LDH五四一二、血中アンモニア一三〇と増悪し、肝不全の状態となり、アミラーゼは二八一六と増悪し、BUN四三ミリグラム、クレアニチン五・一ミリグラム(いずれも一デシリットルにつき)、しかも無尿と腎不全の状態となり、CKも一六三四とさらに増悪し、多臓器不全の状態と診断した。

もっとも、インスリンによるコントロールで、血糖値は一三二ミリグラムと良好で、CRPは四・七ミリグラム(いずれも一デシリットルにつき)であった。

血球検査では、白血球七二三〇、赤血球四六九万、血色素一五・一グラム(一デシリットルにつき)、ヘマトクリット四六・四%と貧血は認められなかったが、血小板は七九〇〇〇と半減し、DIC(播種性血管内凝固症)を起こしたものと診断した。

(一〇) 同日午前一〇時から一二時ころまで

同日午前一〇時過ぎに腹部エコー検査をしたところ、腹水を認めたので、胆汁の貯留を疑い、下腹部正中よりオールシリコン製二孔性バルンカテーテルを挿入し、腹水を採取すると、胆汁様であったので、生食毎時一〇〇〇ミリリットルで腹腔内を持続洗浄する処置をした。

同日午後零時ころ、高アンモニア血症治療のため、胃管を経鼻的に挿入し、モニラック(高アンモニア血症による精神神経障害の改善剤)を二〇ミリリットルずつ、一〇時、一八時、二時に注入するよう看護婦に指示した。

(一一) 同日午後四時から太郎の死亡まで

同時刻ころ、多量の下血をしたとの報告を受け、四〇〇ミリリットル輸血した。

血圧一一二(六〇)、脈拍毎分一二〇で呼名反応もあったが、その後最高血圧は一八〇から一九〇にまで上昇し、午後五時ころから血圧は次弟に低下し、午後五時二〇分ころ血圧八〇となり、午後五時二八分ころ、ドブトレックス毎時二〇ミリリットル、〇・三%カコージンD毎時二〇ミリリットルと増量、投与した。

同日午後五時三〇分、ノルアドレナリン一アンプル静注、同三二分ボスミン一アンプル、同三六分に、アトロピン一アンプル、プロタノール一アンプル、ボスミン一アンプル静注、ボスミン一アンプル心臓内注し、同三八分に、ボスミン一アンプル気管内注入して、昇圧に努めたが、同四〇分に心停止をきたしたので、吉田医師と心肺蘇生術を開始した。しかし、症状の回復が見られず、同日午後六時三〇分、蘇生術を断念し、山下医師により太郎の死亡が確認された。

(一二) なお、山下医師は、死亡診断書に直接死因として急性閉塞性胆管炎、その原因として総胆管結石症と記載し、光輝病院の看護記録記載の死因は急性閉塞性化膿性胆管炎であった。

二  急性胆嚢炎、急性閉塞性胆管炎、急性膵炎の医学的知見は次のとおりである。

1  急性胆嚢炎

(一) 病態等

急性胆嚢炎は、胆石が胆嚢頸部や胆嚢管に嵌頓すると胆嚢は腫大し、壁は浮腫性となり、嵌頓する胆石の壁圧迫により胆嚢は循環障害を生じ、胆汁中の胆石汁酸その他の化学的作用と相まって急性炎症を起こす。細菌感染が加わり、炎症はさらに増悪する。臨床所見は明らかに胆嚢炎であるが胆汁中に細菌が証明されないものなど臨床病態と病理学的所見とが一致しない症例も少なくない。

急性胆嚢炎は、急性化膿性胆嚢炎、急性壊疸性胆嚢炎に進展する。胆嚢が腹腔内に穿孔すれば胆汁性腹膜炎という重篤な病態となる。そして、臨床症状としては、右季肋部仙痛、右肩・右背部放散痛、発熱、悪心、嘔吐などが出現し、右季肋部に腹壁の緊張及び圧痛などを認める。また、白血球の増多やCRP陽性が認められ、総胆管に結石がなくとも軽度の黄疸をきたすこともある。

(二) 診断

急性胆嚢炎の診断は、第一に、超音波検査による。超音波所見としては、胆嚢の腫大、壁の肥厚、炎症産物の貯留など比較的容易に描出することができる。理学的所見の際、ショックの有無、腹壁の筋性防御など腹膜刺激症状が重要となる。血液検査では、白血球数は通常一万から一万五〇〇〇を示すが、患者の年齢や抗生剤の使用の有無によって異なる。血中又は尿中アミラーゼの上昇がある時は後記の急性膵炎の併発も否定できない。

鑑別診断としては、すべての急性腹症を考慮する。急性膵炎も急性胆嚢炎と同様に、上腹部に激しい痛みを伴うことがある。また、胆嚢炎、胆石症に誘発される急性膵炎もあり、腹部所見、血清及び尿アミラーゼ値を頻回に測定し的確な診断を下さなくてはならない。

(三) 治療

急性胆嚢炎の治療法としては、まず保存療法を行う。安静、絶飲食、十分な輸液、さらには経過によりIVH(経静脈性高栄養輸液)を施行することもある。症状により、鎮痛・鎮痙剤(ブスコバン、コリオパン、セスデン)を使用し、さらに疼痛がひどいときはペンタジンを使用する。

急性胆嚢炎の発症の多くは胆石発作に伴って起こるが、これらのほとんどは保存的療法で軽快する。しかし、一ないし二日の保存的療法で改善傾向が認められない場合、また超音波検査所見で胆嚢の圧痛、腫大、壁肥厚などに加え、胆嚢周囲潰瘍など重症胆嚢炎の所見が認められた場合は、手術療法を検討する。

手術療法としては、総胆管結石を合併する場合が多いので、術前ERCPなどで証明されていない場合でも術中胆管造影を施行し、結石を証明すれば総胆管切開、T字管の挿入を施行する。急性閉塞性胆管炎の合併が疑われる場合は、総胆管ドレナージ(PTGBD)を行うべきである。急性胆嚢炎の手術死亡率は、全体で四%以内との報告がある。

2  急性閉塞性胆管炎

(一) 病態等

急性胆管炎は、胆管壁と胆管内腔の炎症であり、胆管狭窄あるいは胆管閉塞による胆汁うっ滞に感染が合併して発生する。臨床的には内科的治療で症状が改善する軽症胆管炎から、後記の緊急胆道ドレナージ以外には救命し得ない細菌性ショックをきたす重症胆管炎まで種々の病態がある。これらの胆管炎のうち、胆管胆汁が膿性胆汁である症例を化膿性胆管炎と呼称することがある。

胆管炎の形態学的診断には、胆管閉塞の有無と膿性胆汁の有無の二つの所見が重要であり、これらを組み合わせることにより急性閉塞性化膿性胆管炎、急性閉塞性胆管炎、急性化膿性胆管炎、急性非閉塞性非化膿性胆管炎に分類される(このうち、急性閉塞性化膿性胆管炎を重症胆管炎と呼ぶ。)。

急性閉塞性化膿性胆管炎の原因は総胆管結石による胆道閉塞が大部分を占め、致死率は五〇%以上であるが、発生頻度は胆道疾患の〇・一%とする報告がある。

急性胆管炎は、胆管の狭窄や閉塞のため胆汁の腸管への流出障害をきたし、これに細菌感染が加わって発症する。胆道狭窄ないし閉塞をきたす疾患は、すべて急性胆管炎をきたす要素をもっているが、胆石のうちでも総胆管結石によることが最も多い。

発熱(三九ないし四〇度の高熱)、黄疸(血清総ビリルビン値五以上の顕性黄疸)、右季肋部痛、意識障害、ショックが重症胆管炎(急性閉塞性化膿性胆管炎)の特徴的臨床症状である。このうち、ショックとなった症例ではDICを伴うことが多く、ひいては腎不全、肝不全などをもたらし、多臓器不全(MOF)へと進展していく。もっとも、発症からショックに至るまでの期間は三日ないし一一日との報告もなされている。

(二) 診断

急性胆管炎では急速に重篤化、致死的となるので確定診断のために検査に日数を費やすことなく、直ちに治療を優先して行うことが救命のポイントである。胆道の閉塞や狭窄の診断は臨床症状と血液生化学検査所見を踏まえた上で、超音波検査、CTによって診断する。なお、原疾患の診断には超音波検査で目安をつける。超音波検査では胆管拡張がみられることが多いが、拡張の程度と重症度は必ずしも一致しない。また、肝機能障害(ビリルビン、GOT、GPT、ALP、LAPなどの上昇)は急性胆管炎に特徴的である。

(三) 治療

重症胆管炎の治療方法としては、診断した時点で直ちにICU管理下とし、全身状態の改善を図る。バイタルサインのチェック、CVP・心電図・水分電解質バランスのチェック、血液生化学検査・血液ガス検査などを施行しながら、抗生物質や時にはステロイドを投与する。しかしながら、保存的治療のみで救命することは極めて困難なことから、保存的治療を続けながら発症から一二ないし二四時間以内に緊急胆道減圧処置(PTCD、PTGBD)に踏み切ることが重要である。

3  急性膵炎

(一) 病態等

急性膵炎は、膵臓の浮腫、出血、壊死、化膿などを主体とした膵局所の病変であり、急性腹症の代表的疾患の一つである。

急性膵炎の病態は、活性化された膵酵素による膵臓の自己消化と門脈系やリンパ系を介して逸脱した活性膵酵素、その代謝産物による循環不全と重要臓器障害である。原因としては、総胆管・胆嚢の結石、アルコールなどがある。重症例では発症後早期からショック、重要臓器障害による症状が出現し、入院後二、三日以内に前記症状で死亡する場合もある。

(二) 症状

急性膵炎の症状と所見は、腹痛(胆石膵炎では右季肋部痛)、悪心、嘔吐、発熱、黄疸であり、重症例では発症後早期からショック、重要臓器障害による症状が出現する。

検査結果のうち、血清アミラーゼ値が最も重視され、発症後二、三時間で上昇し、二四ないし七二時間で高値を示し以後急速に低下し、代わって尿中アミラーゼが上昇する。膵炎以外にも高アミラーゼ血症を呈する疾患として胆道疾患、肝疾患、唾液腺疾患、腎不全などがあり、急性腹症の中でも胃・十二指腸潰瘍、イレウスがある。リパーゼ、トリプシン、エラスターゼなどの膵酵素の血液及び尿中の上昇が特徴である。重症例では低カルシウム血症がみられる。このほか、白血球増加(もっとも、ほとんどは二万以下であり、増多の程度と重症度は相関しないことが多い。)、高血糖、ALP、ビリルビン、BUN、GOT、GPT、LDHなどの上昇がみられるが、膵炎に特異的なものではない。なお、ほとんど病初期では血液の濃縮がみられ、八ないし六〇%に一過性の過血糖がみられ、膵病変が高度のもの程高く、また、血清カリウムとカルシウム値の低下がみられる。

画像診断は超音波検査及びCT検査が有用であり、このうち、超音波検査は、急性膵炎では、一般に、腸ガスが多く、CTに比して膵の描出率が劣り、二〇%は描出不能という報告もあり、CT像の方が有用であるとの報告も多い。超音波検査では、膵臓の腫大、膵実質の不均一化、膵周囲の浮腫などに着目する。CT検査では膵臓の大きさ、膵辺縁の変化、膵周囲の浮腫などに注目する。

また、X線画像診断も救急手術を要する他の急性腹症との鑑別診断の目的では重要であり、急性膵炎時の腹部単純X線検査で三分の一から三分の二に異常がみられたとの報告もある。一般にみられる所見としては、膵臓ならびに周囲組織の病変と小腸ならびに結腸におけるガス像の異常が出現する。

(三) 鑑別診断

鑑別診断は、病初期では、急性胆嚢炎、胆石症等胆道系疾患、消化性潰瘍の穿孔、上腸間膜動脈の閉塞症等が対象となる。この場合、上腹部を主訴として来院した時、急性腹症として鑑別する場合、必ず本症の存在を念頭におくことが重要である。特に、アルコール過飲者、胆石等の胆道疾患や糖尿病の罹患者で、上腹部痛がみられた場合はなおさらである。綿密な既往歴、現病歴の聴取と詳細な腹部所見の分析から本症の存在を疑うことが大切であり、これに膵酵素の上昇、とくにアミラーゼのみでなく、P型アミラーゼや、リパーゼ等測定が早く出来る他の膵酵素の上昇も加われば本症の診断の可能性は大きくなり、これに前記画像診断を参考にすることが重要である。血液検査の結果、ヘマトクリット値の上昇、高血糖、低カルシウム血症がそろえば、まず本症を疑ってかかる必要がある。

(四) 診断基準

厚生省特定疾患難治性膵疾患調査研究班は、昭和六三年、急性膵炎臨床診断基準を作成、公表し、これは、「新外科学大系」(一九八九年刊及び一九九一年刊)、「最新内科学体系第五三巻膵炎」(一九九二年刊)、「今日の治療方針」(一九九二年刊)、「今日の消化器疾患治療方針」(一九九一年刊)といった医学文献にも紹介されたところ、これらの医学文献は臨床医にとって比較的入手が容易なものである。

右診断基準の内容は、次のとおりである。

すなわち、①上腹部に圧痛あるいは腹膜刺激徴候を伴う急性腹痛発作があること、②血中、尿中あるいは腹水中に膵酵素の上昇があること、③画像、手術あるいは剖検で膵に異常があることの三項目の所見の内、右①の所見を含む二項目以上の所見が認められ、かつ、他の急性腹症を除外できる場合には、急性膵炎と診断する。

また、次の(1)ないし(3)の所見のいずれかに該当する異常があれば、重症急性膵炎と判定する。

(1) 全身状態不良で、明らかな循環不全や重要臓器機能不全が認められる。例えば、ショック徴候、呼吸困難、乏尿あるいは無尿で、輸液に反応しない場合、精神症状などである。

(2) 腹膜刺激徴候、麻痺性イレウス徴候、腹水が広汎かつ高度に認められる。腹部単純エックス線写真で広汎な麻痺性イレウスの所見がみられる場合、US、CTによって、膵腫大に加え、浸出液貯留、膵周辺への炎症の波及がみられる場合である。

(3) 臨床検査所見で別紙①ないし⑧のうち二項目以上の異常がみられる。

(五) 治療

急性膵炎の基本的治療としては、急性膵炎の病態生理の本態が膵の間質浮腫にはじまり膵炎の増悪、全身諸臓器の障害に至るまで膵酵素を中心とした一連の悪循環にあることから、局所的な膵の鎮静を目的として、次に記載の保存的治療を行う。急性膵炎と診断すれば、可及的速やかに治療を開始すべきであるが、確定診断に至らなくても本症が強く疑われる場合には、早期に積極的な治療を開始すべきである。

(1) 膵の安静、庇護―膵外分泌の抑制

絶食絶飲、抗コリン剤(ブスコバン、コリオパン、アトロピンなど)の投与や、重症型では胃内容の吸引やH2受容体阻害剤(シメチジン、フィモチジンなど)の投与を行い、膵外分泌の抑制をはかる。

(2) 鎮痛剤、鎮痙剤の投与

ペンタジンや塩酸ペチジンを使用する場合には硫酸アトロピンを併施する。その他、インドメサシンなどの坐薬を適宜併用する。

(3) 輸液による脱水の治療と電解質補正

補液(乳酸リンゲル、低分子デキストラン)、ナトリウム・カリウム・マグネシウムの補給など、新鮮血輸血。さらに、高カロリー輸液(IVH)を追加して栄養補給も行う。

本症では、少なくとも約二〇〇〇ミリリットルにも及ぶ蛋白質を豊富に含む体液の後腹膜、腹腔、あるいは体外への喪失があるので、蛋白質や血液、水、電解質の喪失の程度を早期に把握し、的確な補液をできるだけ早い時期から始めるべきである。補液量は症例毎に異なるが、日に少なくとも軽症でも約二〇〇〇ないし三〇〇〇ミリリットル、重症では五〇〇〇ないし八〇〇〇ミリリットルが必要である。

(4) 抗酵素剤投与による活性化膵酵素の抑制

抗トリプシン作用を有するアプロチニン製剤、メシル酸ガベキサート、メシル酸ナファモスタット、ウリナスタチンや抗ホスホリパーゼ剤などの投与をできるだけ早期に、持続的投与を行い、しかもDICの出現を阻止するために大量の薬剤を投与する必要がある。

このうち重症例では、フサン四〇ミリグラムを五%ブドウ糖の一〇〇〇ミリリットルに溶解して二四時間かけて点滴静注し、これを三日間持続する。

(5) 抗生剤投与による感染治療・予防

病変が、膵及びその周辺に限局している場合は前記治療により臨床症状や所見は改善し、極めて良い経過をたどることが多い。しかし、MOFを合併してくると、その障害臓器の数に比例して死亡率が増加するので、MOFの発生を防止し、また障害臓器数を少なくするような治療を行うことが最も重要である。そのためには、重症例ではもちろん、たとえ病初期に軽症と思われても、頻回に病室を訪ねて患者の状態を詳細に観察し、一般状態、脈拍、血圧、尿量等のバイタルサインのチェックとともに、Ht、Hb値、血糖、電解質、血液ガス、線溶能、腎機能、肝機能検査等を血中膵酵素とともに経時にみていくことが大切である。内科的治療で最も重要なのが病初期における循環不全、すなわちショックの予防と治療である。

(6) 急性膵炎の診断確定と同時にその病因を検索し、それぞれの病因に即した内科的治療あるいは手術適応を判定する。急性膵炎の病因として、胆石症、アルコールの過飲などが挙げられる。

胆石膵炎に対する治療としては、①胆道感染に対して抗生剤の投与を行うこと、②原則として急性膵炎の保存的治療を行い、膵炎の軽快後、胆石症に対する根治的手術を行うこと、③基本的治療で改善傾向のみられない場合に胆道ドレナージを行うことがある。

三  争点1(太郎の死亡原因)について

前記認定のとおり、七月一七日午後四時三〇分ころ施行されたPTGBDにより、太郎が総胆管結石の嵌頓であったことが他覚的所見として確認された。また、①初診時から、筋抵抗が確認されており、腹痛ないし腹膜刺激症状があったこと、②同日午前一〇時三〇分ころ実施された腹部超音波検査の結果、胆嚢の腫脹及び膵臓の軽度腫脹が認められたこと、③血液検査の結果、同日午前一〇時一〇分の時点でアミラーゼが五一八、午前一〇時四〇分の時点で八二〇と上昇しており、血中膵酵素の上昇が認められたことに照らすと、太郎は、急性膵炎の特徴的症状を呈していたといえる。加えて、その後、太郎が呼吸困難に陥り、MOFの状態から死亡に至った経過や鑑定の結果にかんがみれば、太郎は、総胆管結石の嵌頓から、急性胆嚢炎、急性閉塞性胆管炎及び重症急性膵炎を発症し、さらには、これに起因する敗血性ショックに陥り、死亡したと推認される。

被告らは、「腸内細菌が胆道に到達して、繁殖し、胆道感染症、急性胆嚢炎、急性胆管炎を発症、増悪させ、急性閉塞性化膿性胆管炎を発症させ、膵管へ流入した細菌が急性膵炎を発症させ、よって、太郎はショック状態に陥り、死亡した。」と主張している。

なるほど、前記PTGBDの結果、黒褐色の悪臭を伴う胆汁が採取されたことが認められ、柿田章鑑定人(以下「柿田鑑定人」という。)は太郎が化膿性胆管炎であったことを否定することもできないと述べているけれども、①造影所見や胆嚢胆汁のみから化膿性であったとは必ずしもいえないこと、②前記医学的知見として指摘したとおり、急性閉塞性化膿性胆管炎の臨床症状としては、通常、三九ないし四〇度の高熱、悪寒及び黄疸(顕性黄疸)がみられ、発症からショックまでの期間が三ないし一一日であるところ、太郎に右のような高熱の症状はなかった上、黄疸も軽度であり、血清ビリルビン値も高くなく、腹痛を訴えてから約一日が経過した時点でショック状態に陥ったのであり、太郎の症状は急性閉塞性化膿性胆管炎のそれと異なる点があること、③採取された胆汁は、一般細菌検査では陰性だったこと、④急性閉塞性化膿性胆管炎の発生頻度は胆道疾患のわずか〇・一%に止まること等の点にかんがみれば、太郎が急性閉塞性化膿性胆管炎に罹患していたとは認められない。したがって、被告らの右主張は採用できない。

四  争点2(森医師の過失)について

1  前記認定のとおり、厚生省難治性膵疾患調査研究班は、急性膵炎及び重症急性膵炎の診断基準を定めたのであるが、これは臨床医にとっての診断方法として合理的であることが一般的に承認されている。

そして、当該医療機関にとって特定の治療ないし診断方法が臨床医学の実践における医療水準となっているか否かは、当該医療機関の性格、その所在地及び医療環境の特性等諸般の事情を考慮し、右治療法に関する知見が類似医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関でも右知見を有することを期待するのが相当といえる場合には、特段の事情のない限り、右知見は当該医療機関にとっての医療水準であるとするのが相当である。

これを本件についてみるに、平生クリニック及び光輝病院は、いずれも設備の点からみて重症急性膵炎の鑑別に必要な検査が可能であったこと、厚生省難治性膵疾患調査研究班が右診断基準を作成、公表したのは昭和六三年であり、これは、平成元年ころ以降平成六年までの間、「新外科学大系」、「最新内科学体系第五三巻膵炎」、「今日の治療方針」、「今日の消化器疾患治療方針」といった比較的入手が容易な医学文献において紹介されていることからすれば、右診断基準は平成六年の本件診療当時において、平生クリニックや光輝病院と類似の医療機関に相当程度普及していたことが推認され、右各病院において右知見を有することを期待するのが相当といえる。

したがって、平生クリニック及び光輝病院において、太郎の診療に当たった医師は、右基準に沿って診断すべき義務があったというべきである。

もっとも、柿田鑑定人は、「平成六年当時の教科書には、右診断基準を記載していないものもあり、当時はこの基準が徐々に一般臨床医の間に浸透しつつある段階であり、平生クリニックや同規模の病院で、既に確立された一般的基準として取り扱われていたとは必ずしもいえない。」と証言しているが、右に説示したところに証人岡空達夫の証言を併せ考慮すると、柿田鑑定人の右意見は前記結論を覆すに足りないというべきである。

2  そこで、森医師が、右診断基準に沿った診断をし、これに応じた適切な治療を施行したかについて検討するに、診療経過についての前記認定事実によると、①森医師は、腹痛を訴えている太郎を診察し、右上腹部(季肋部)に圧痛及び筋抵抗のあるのを確認したこと、②森医師は、平成六年七月一七日午前一〇時三〇分ころ実施した腹部超音波検査の結果、胆嚢の腫脹及び膵臓の軽度腫脹を確認したこと、その当時画像上膵に異常があったこと、③森医師は、血液検査の結果、同日午前一〇時一〇分の時点でアミラーゼが五一八、午前一〇時四〇分の時点で八二〇と上昇していることを認め、血中膵酵素が上昇しているのを確認したこと、FBS(グルコース)及びカルシウムの検査値が前記重症診断基準の数値をいずれも満たす異常値であったことが認められる。加えて、《証拠省略》によれば、本件において前記腹部レントゲン写真に遊離ガス像がみられず、他の急性腹症として考えられる単純性の腸閉塞、十二指腸潰瘍、胃潰瘍の先行に基づく先行性腹膜炎の所見は窺われなかったことが認められる。

以上の点に前記厚生省の研究班の診断基準を併せ考慮すると、森医師は、遅くとも血液検査の結果を検討できた同日午前一一時過ぎころの時点で、太郎について重症急性膵炎と診断し、これに応じた適切な治療、特に、一日当たり少なくとも五〇〇〇ミリリットルの輸液をし、かつ、膵酵素阻害剤であるフサン四〇ミリグラムを五%ブドウ糖の一〇〇〇ミリリットルに溶解して二四時間かけて点滴静注し、これを継続するなどの処置を施行すべきであったといえる。

ところが、森医師は、急性膵炎と診断しないで、急性胆嚢炎と診断し、このため、一時間当たり一〇〇ミリリットルの輸液をすることとし、この限度でこれを投与したに止まり、さらに、膵酵素阻害剤については、ミラクリッド(膵酵素阻害剤)五万単位を二〇ミリリットルの生理食塩水に溶かしたものを側注により投与させ、看護婦に対し、朝、夕各一回右ミラクリッドの投与を指示したに止まり、結局、急性膵炎の治療としては、およそ不足した量の輸液、膵酵素阻害剤の投与しかしなかったのであって、この点で過失があったというべきである。

五  争点4(光輝病院に転送後の医師の過失の有無)について

この点につき、前記のとおり、原告らは、山下医師が投与した輸液及び膵酵素阻害剤が不十分であった点、特に持続的動注療法及び腹腔内投与法の処置をとらなかった点で過失があると主張している。

しかしながら、山下医師は、七月一七日午後一一時ころには、総胆管結石による随伴性の急性膵炎を疑い、輸液療法、膵酸素阻害剤及び抗生物質の投与を施行したのであり、柿田鑑定人の意見にあるとおり、投与した輸液や膵酵素阻害剤の量は、それだけを取り上げれば急性膵炎の治療としてやや不十分であったとはいえるものの、太郎は光輝病院への転院時既に多臓器不全で敗血性ショックの状態にあり、このような病態の太郎に対し、山下医師は、右転院時から約三時間の間に電解質液約七〇〇ミリリットル、メイロン二五〇ミリリットル、プラズマネートカッター二五〇ミリリットル二本、二〇%アルブミン液三本等を投与したのであり、水分量に換算すれば一時間当たり五〇〇ミリリットル以上の投与をしたこととなり、しかも、他の薬剤(抗生剤、利尿剤、心循環係補助薬、ステロイドホルモン、蛋白分解酵素阻害剤等)を投与する必要もあり、実際にも投与し、病状の推移(治療効果)を観察したのであり、太郎の病態と右治療行為とを全体的にみれば、輸液、膵酵素阻害剤の投与の量から、山下医師の診療に不適切な点があったとまではいえない。また、抗生剤については、七月一七日午前一一時ころから光輝病院転院後の同月一八日午前一時二五分ころまでの約一五時間の間で総量六グラムのペントシリンを投与しており、一般的に重症感染症における投与量が一日当たり八グラムであることからすると、その量が不十分であったともいえない。さらに、膵酵素阻害剤の持続的動注療法(カテーテルを動脈内に挿入し、膵臓につながる動脈にカテーテルの先端を留置して、これから膵酵素阻害剤を直接膵臓に投与する方法)及び腹腔内投与法は、平成六年当時は先端的な大学病院や救命救急センターで行われていたもので、光輝病院程度の規模の病院では、一般的な治療方法として認識されてはいなかったものと認められるから、山下医師がこれらを施行しなかったことをもって、過失であるということもできない。

したがって、原告らの右主張は採用できない。

六  争点5(森医師の過失と太郎の死亡との相当因果関係)について

前記認定事実及び《証拠省略》によれば、重症急性膵炎は、多臓器障害、腹腔内感染及び敗血症などを伴い、外科的治療による治療成績も一般的には極めて不良であることから、その予後は不良な場合が少なくないが、昭和六三年の厚生省特定疾患難治性膵疾患調査研究班による全国集計によると、重症急性膵炎の死亡率は約三〇%であったことが認められ、右の点に加えて、森医師が太郎に施した輸液及び膵酵素阻害剤の量は急性膵炎の治療としては格段に少量であったことや証人岡空達夫の証言を併せ考えると、森医師が七月一七日の午前一一時過ぎころの時点で急性膵炎と診断し前記のような十分な量の輸液と膵酵素阻害剤を投与していれば、太郎は死亡するには至らなかったものと推認される。

したがって、森医師の過失と太郎の死亡とには相当因果関係があるというべきである。

七  争点6(損害)について

以上によれば、争点3について判断するまでもなく、被告重冨は太郎の死亡による損害について賠償責任を負うといえるところ、その損害は次のとおりである。

1  太郎の逸失利益

《証拠省略》によれば、死亡当時、太郎は、胃の全摘手術を受けたものの比較的健康で、自らトラックを運転するなどして金属回収業を原告花子とともに自営し、その生計を立てていたこと、当時は、太郎は、原告花子と二人暮らしをし、三人の子(その余の原告ら)は既に独立して生計を立てており、他に扶養すべき者はなかったことが認められる。この事実に加えて、太郎は死亡時六四歳であったこと、平成六年賃金センサス第一巻第一表によると産業計、企業規模計、学歴計の六四歳男子労働者の平均年収額は四五二万〇五〇〇円であったことを併せ考慮すると、原告ら主張のとおり、太郎は、死亡しなければ九年間就労が可能であり、その間、年収として少なくとも四四〇万円を取得したものと推認される。また、右家族構成等からすると、太郎は、右の間、生活費としてその収入の四〇%を費消したものと推認される。したがって、太郎の死亡による逸失利益は、右年収から四割を控除した額に九年に相当するライプニッツ係数七・一〇八を乗じる方法で年五分の割合による中間利息を控除した額である一八七六万五一二〇円といえる。

2  慰謝料

太郎が一家の支柱であったこと、家族構成、年齢等諸般の事情を総合考慮すると、太郎の死亡に対する慰謝料は、一八〇〇万円と認めるのが相当である。

3  墳墓及び葬儀費用

《証拠省略》によれば、原告花子は太郎の墳墓及び葬儀費用として合計一七〇万円余りを支出したことが認められるが、その内本件不法行為による損害は一〇〇万円と認めるのが相当である。

4  弁護士費用

原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任したことは明らかであるところ、本件事案の性質、審理の経過及び認容額等にかんがみると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、原告花子につき一五〇万円、その余の原告らにつき各五〇万円と認めるのが相当である。

八  結論

以上によれば、被告重冨に対する請求は、原告花子につき、二〇八八万二五六〇円及びこれに対する平成六年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員、その余の原告らにつき、それぞれ六六二万七五二〇円及びこれらに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員の各支払を求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がなく、原告らの被告光輝会に対する請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 能勢顯男 裁判官 野口卓志 上田洋幸)

〈以下省略〉

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